2014年5月2日金曜日

どらごんたらし 2章

「うひょおおおおおおお!」

学園が終わると同時に、俺はダッシュで帰路につく。
帰り道に、ペットショップでドラゴンフードを買うのも忘れずに。
買うのは、もちろん安物ではなく高級品。
「今帰るぞ、ジハードー!」
ジハードと言うのは、今朝、親父から聞いたドラゴンの名前。
そう、数百年ぶりに突然目覚めた、あのドラゴンの名前だ。
なぜ突然目覚めたのかは分からないが、夢でもなんでもなく、確かにあのドラゴン、ジハードは、今朝もちゃんと洞窟で起きていたのだ。
今日一日、完全に授業もうわの空で、ジハードの事で頭が一杯だった。
とても一人では持ちきれない量のドラゴンフードを、ペットショップを何往復もして大量に買い込む。
………次からは宅配にしてもらおう。
屋敷の倉庫にあった巨大な皿にドラゴンフードを山盛り積むと、台車に乗せ、洞窟まで運ぶ準備を整えた。………と、
「すいませーん!すいませーん!!」
聞き覚えのある声が玄関先から響き渡った。
誰だっけ?
思いつつ、玄関先に回ると、そこには涙目で、必死にドアを叩くラミネスが居た。
その姿を見て、俺は大事な事を思い出す。
「ああっ!お前の事すっかり忘れてたっ!」
「ひどすぎますよっ!!」
涙目………というか、ほぼ泣きながら、ラミネスが俺の胸ぐらを掴んでくる。
「ひど、ひどすぎますよ先輩っ!学校終わったら、公園で待ってるって言ったじゃないですか!しかも、一世一代のパートナー契約の話ですよ!?なんでこんな大事な事忘れるんですか?確かに昨日会ったばかりですけど、そんなに私ってどうでもいい存在ですか!?」
ジハードが目覚めた事ですっかり舞い上がっていたが、こいつの事をすっかり忘れていた。
俺は、尚も玄関先で泣きわめくラミネスをなだめ、なぜ忘れていたのかの経緯を説明する。
それでようやく落ち着いたのか、まだ目尻に涙を溜めたままのラミネスが、ふて腐れながらも聞いてきた。
「………先輩が、別に私の事を嫌ってるとか、無視して帰ったとかじゃないってことは分かりました。まだ納得いかないとこはありますが。ともかく、ドラゴンを一度見せてもらってもいいですか?この目で見て、どんな相手かを確かめない事には、はいそうですかと帰れません!」
むう、しょうがない。
「じゃあ、今からちょうど餌やるから、一緒に来るか?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「おお………。これはまた、なんとも………。適度な湿気といい、洞窟の位置、通路の広さ、洞窟内の温度といい、実に住み心地良さそうな洞窟ですねえ」
洞窟に案内すると、そんな事を口走るラミネス。
俺はと言えば、ラミネスの隣で大量のエサを乗せた台車を引っ張っていた。
「住み心地とかあるのか。やっぱハーフでも、ベットで寝るより、こういう所のがいいもんなのか?」
洞窟を奥へと向かいながら、ラミネスに聞いてみる。
「暖かいベットも勿論いいですけど、でもこういった自然の力が溢れてる所で寝ると、やっぱり気持ちいいですよ。こういう所だと、傷の治りが早かったりだとか恩恵もありますしね。この洞窟は色々手が加えられてますね。きっと先輩のご先祖様でしょうけど、ドラゴンの事を考えた、住みよい設計になってますよ」
そういうもんなのか。流石はご先祖様、代々続いてきた名家だけの事はある。
そうこう話している内に、ジハードの待つ広間に出た。
「ほれラミネス。こいつがウチのジハードだ」
広間の中央には、地面に伏せて目を閉じているジハードが居た。
俺達の気配に気づき、目を開け、こちらに顔を向ける。
俺の隣でラミネスが息をのんだ。
「大きいですね………。少なくとも、下位種のドラゴンではないみたいです。しかも、ブラックドラゴンですか。うう………ぐぬぬぬ」
「ぐぬぬぬってお前。しかし、見ただけで分かるもんなのか、下位種じゃないとか。ついでに、ブラックドラゴンだとなんかあるのか?」
ラミネスの、何故か悔しそうな様子に俺は疑問を投げかけた。
「せ、先輩はドラゴン使いでしょう?むしろ先輩が、見ただけで見抜けないと………。ドラゴンは、年を重ねれば重ねるほど大きくなりますから、あの大きさだと相当長く生きてますね。つまり、ババアです」
ラミネスの言葉に、ジハードがピクリと反応する。
こちらの言っている事が、少しは分かるのかな?
「まあ、代々家に伝わるドラゴンらしいから、相当長生きなのは間違いないな」
言いながら、俺はジハードの前に台車を引っ張っていくと、ジハードが興味深そうに台車の匂いをクンクンしている。
「ドラゴンには、三種類のランクがあります。まず、卵から孵って100年位は下位種、知能は動物並みで体の成長が早く、グングン伸びます。人間で言う成長期ですね。それから、100歳を越えると中位種。この頃から人語を理解したりそこそこ知恵も付いてきます。その中位種が更に長い年月を重ね、完全に自我に目覚めると、上位種と呼ばれるようになります。上位種ともなれば人化の術も使えるはずなので、人の姿を取らない先輩のとこのジハードさんは、中位種ってとこでしょうかね?」
「なるほど」
俺は話を聞きながら、台車にかけてあった埃よけの布を取り払う。
その途端、ジハードが台車の上のエサに釘付けになった。
「そして、ブラックドラゴンは珍しい種族です。戦闘能力は極めて高く、その鱗の強度もドラゴン随一です。でもプライドが高く、扱いづらく懐きにくい。そうですね、例えると………、実力はあるけども、それをかさにきた高慢ちき女ってとこです」
こ、こいつさっきからトゲがあるなあ。
布を取り払うと、ジハードは待ちきれずに台車の上のエサに頭を突っ込みそれを食べだす。買ってきたドラゴンフードに満足してくれているのか、巨大な尻尾をパタパタ振りながらエサを食べる姿が愛らしい。
「先輩のとこのジハードさんは、待てもできないんですか?私ならご飯を前にしても、ちゃんと待ても伏せもできますよ!」
何と争ってるんだお前は。
「長い間眠っていてずっと何も食べていないんだ、腹も減ってるんだろう。………長い間運動もしてないし、食事が終わったらやっぱ散歩だよな。ちょっと、鎖の鍵を取ってくる」
ラミネスに告げると、俺は屋敷に鍵を取りに行く。
それは、ジハードを繋ぎとめている魔法の鎖を外す鍵。
ジハードの首輪から伸びている鎖の端は、洞窟内の奥へと繋がれている。
これを、特殊な鍵で外すことができるのだが、ドラゴン使いは、その端を例えばブレスレット等に変化させ、ドラゴンを連れ歩くときは常に体の一部に身に着けていなければならない。
まぁ連れ歩く事が出来るようになるだけで、こちらの意のままに従ってくれる訳ではない。
完全に従わせ、俺がジハードの、ジハードが俺の力を借り受けられる様になるには、ドラゴンとの契約が必要だ。
ドラゴンが契約してくれるかどうかは、ドラゴン使いの素養によるわけだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「………ふんっ」
腕を組み、ジト目でジハードを見つめるラミネスの目の前で、ジハードはガツガツとエサをほおばっている。
「………まったく。入学当初から、学園内にドラゴン使いがいるって聞かされて。それから先輩の事を調べて、ようやく契約を交わせると思ったら………。一体、なんでまたこんなタイミングで目覚めるのよ、あなたは」
ラミネスの言葉には耳を貸さず、無心でエサをほおばり続けるジハード。
「ちょっと、食べてないで話を聞きなさいよ」
ラミネスは腕を組んだまま台車に近づくと、台車の端に自分の尻尾の先をひっかけ、そのまま自分の下へと引き寄せた。
エサを遠ざけられ、首を伸ばしてエサを追おうとするも、鎖がある為届かない。
ジハードが、紅い瞳でラミネスを見つめ、悲しげな声を上げた。
「キュー………」
「何がキューよ、凶暴凶悪なブラックドラゴンがそんなかわいい声出しちゃって、いやらしい。こんなドラゴンフード一つでぱたぱた先輩に尻尾振っちゃって。こんな………」
言いながら、ラミネスはドラゴンフードを一つつまみあげ、匂いを嗅ぐ。
「こんな………」
そのまま自分の口に放り込んだ。
「むぐ………っ!こんな………こんな………!」
ラミネスはそのまま台車に屈み込むと、両手でわし掴みにしてボリボリとむさぼりだす。
「なにこれ!普段、貧乏な私がどんな食生活をしてると思って………っ!ハグハグッ、流石高級ドラゴンフード、この深い味わいが………」
「………何をしてるんだお前は」
いつの間にかラミネスの背後に立っていた俺は、持っていた俺の腕くらいの大きさがある鍵をラミネスの後頭部に打ち下ろした。
「ぐあっ、いっ、痛っ、先輩、ハーフの私でも、それは流石に痛いですっ!い、いつからそこにいたんですか!?」
後頭部を両手で押さえ、地面を転がりまわるラミネスは無視し、エサをジハードの前に戻してやる。
「お前が腕を組んでジハードを睨んでたとこからだ。というか、ドラゴンハーフのお前には、これぐらいやんないと効かないからだろうが。ウチのジハードいじめんなよなー」
「ううー………」

やがて、エサを食べ終わったジハードが、満足そうに尻尾を振りながら、何かを期待するかのような目で俺を見ている。
やはり、散歩に行きたいのだろうか。ラミネスの話ではブラックドラゴンは懐きにくいと言っていたが、とてもそうは見えないんだが。
というか、初めてジハードを見た時から、なぜか、襲いかかられるかもといった不安や恐怖は微塵も起きなかった。
洞窟の奥に繋がる鎖を外すと、鎖がそのまま腕に巻きつき、ブレスレット状に変化する。
おお、便利なものだ。
「よーし、それじゃジハード、散歩に行こうか………おわあっ!」
その俺の言葉が終わる前に、ジハードはすでに駆け出していた。

「ちょ、ちょっと待ってくれジハード、もっとゆっくり………」
半ば引きずられる様にして洞窟の外に出ると、そこでジハードが立ち止まる。
そのまま翼を大きく広げると、首を俺の方に向けてきた。
「飛びたいんじゃないですかね?乗れって事だと思いますけど………」
後を追ってきたラミネスが言ってくる。
半信半疑でジハードに近づくと、ジハードが顎の下を地面に着けて、俺が登りやすいようにしてくれる。
やばい、かわいい。
というか、どこが懐きにくいんだ、めちゃめちゃいい子じゃないか、ウチのジハード。
「おお………それじゃジハード、乗せてもらうぞ?」
おっかなびっくりジハードの頭の上に登ると、しっかりと角を掴む。
それを合図にジハードが大きく羽ばたいた。
「えっ、ちょっ、わ、私を置いてかないでくださいよ!私も一緒に行きますよ!」
ラミネスが慌てて駆け寄り、今更登るのは無理と判断したのか、ジハードの尻尾にしがみついた。
ジハードはそのまま地面を蹴って羽ばたくと、あっという間に空に向かって舞い上がる。
「おおおおおっ、これはいい!ドラゴンに乗って飛ぶのは、想像以上に気持ちいい!」
ぐんぐん空へと舞い上がり、いやがおうにもテンションが上がる。
そのまま後ろを振り向くと、屋敷がどんどん小さくなっていく。
「ひいいっ、ちょ、高っ、ちょっと、ジハードさんあんまり尻尾振らないでくださいっ!」
尻尾にしがみついたラミネスが、青い顔で喚いている。
そっと地上を見下ろすと、家々が豆粒の様な大きさになっていた。
十分に高度を上げると、やがてジハードが、風を切る様に翼を動かす。
凄まじい風の音と共に、俺が毎日通っている、学園、公園等もあっという間に駆け抜ける。
頬に当たる、若干冷たい風が最高に気持ちいい。
「うひょおおおおお!ジハード、お前は最高だ!ふはははは!この世界の、この広い空は俺達の物だー!」
「キュイ―――――――!」
訳のわからないテンションになって叫ぶ俺に応える様に、ジハードも数百年ぶりの空が気持ちいいのか、機嫌の良さそうな甲高い叫びを上げる。
「せ、先輩がやばいテンションにっ!わ、私だって、後数年も経てば、竜化だってできるようになってみせますよ!そしたら先輩乗せて、それこそこんなにちんたら飛ばず、誰よりも早くかっ飛んでやりますともっ!」
ジハードは、尻尾を大きく持ち上げると、それを鞭のようにしならせて………。

ぺっ。

「キュイ―――――――――――――――ッ!」
それと同時に、ジハードが気持ちよさそうな叫びを上げた。
「ひゃ――――――――」
「おおおおおおいっ!ラミネス―――――――!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ハーフじゃなかったら!ハーフじゃなかったら!!ハーフじゃなかったら、死んでましたよっ!」

あちこちボロボロになりながらも、ジハードに落とされたラミネスは、泣きながら食ってかかってきた。
流石はドラゴンハーフ、こいつも大概頑丈だなあ………。
「ま、まあ生きてたんだしよかったじゃないか。てゆーか、頼むからお前ら仲良くしろよ」
「ううううっ、あちこち痛い………。こ、これはドラゴン同士、譲れないところなんですよ先輩………」
「キュー」
弱ったラミネスの言葉に、ジハードまで返事っぽい鳴き声を上げる。
「よく分からんが、まあお互い納得してるのなら………。お前、大丈夫か?送ってってやろうか?学園の寮に住んでるんだろ?」
「いえ、幸いというか、ちょうど寮の近くに落とされたみたいですし、このまま一人で帰れます。うう、今日の所は大人しく帰ります………。では、先輩、また明日………」
まだフラフラしているラミネスを、一応ちゃんと寮の方向に向かっているのを見送りながら、俺もようやく安心する。
「おいジハード、ハーフとは言えあいつはお前の同族だろ?仲良くしてくれよー」
ため息つきながら諭す俺の脇腹に、ジハードは頭を摺り寄せて甘えてくる。
くそう、かわいいじゃないか。
結局俺はそれ以上叱れもせず、ジハードを連れて帰宅するのだった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ドラゴンを飼う事になりました」

シーンと静まり返る教室内。
そして。
「「「は?」」」
クラスの連中の声がハモった。

翌朝の教室にて。
俺は、嬉々としてクラスの連中に経緯を報告。そして、その反応がこれである。
「は?じゃなくて、なんかあるだろ?ほら、マジかよすげえ!とか、きゃーギース君スゴーイ、私もドラゴンに乗せてー!とか」
「………でさでさ、その店の店長が言うわけなのよ!」
「おーい、誰か次の授業の宿題写させてくれよー、昼休みにジュース奢るからさー」
「で、昨日、その時先輩は見たんだってさ、空から降ってくる銀髪の美少女を。それからだよ、この世に起きない事なんてない、万が一、朝起きて俺が美少女に生まれ変わってたらどうする!って言い出して、もしもの時の為に備えておくって言い残して、女物の下着買いに行ったのは」
何事もなかったかのようにそれまでの会話を続行させるクラスの連中。
「聞けよおおおおおおおおおお!」
「きゃー!何すんのよこのバカ!」
とりあえず、一番近くにいたアリサの机の上に腹ばいに寝そべって抗議してみる。
「ちょっと一般人!次の錬金工学の予習しときたいんだから、机から降りなさいよ。でないとグリフォンに頭突つかせるわよ」
椅子に座ったまま、アリサが冷ややかな目で言ってくる。
「何言ってんだよ、予習なんかしてる場合じゃないだろ!」
言いながらも、ほんとにグリフォンをけしかけられては困るので、一応机からは降りた。
「聞けよアリサ!いや、聞いてくださいな!魔獣使いの対極たるドラゴン使いの俺が、とうとうドラゴンを手に入れたんだよ?これは予習どころじゃないんじゃないか?なぁ?なぁーて!」
めんどくさそうにため息をつくと、アリサがようやくまともにこちらを向く。
「まったく………。ドラゴンが何?その辺のトカゲでも捕まえてきたんでしょ?あなた小さい頃、家のヤモリを捕まえてドラゴンドラゴンって喜んでたわね」
完全にこちらの言うことを信用していないアリサ。
「違うよ!何でそんな昔の事覚えてるんだよ、子供の頃の事は忘れてくれよ!ほら、お前の所の家は、代々俺の所の家とずっと張り合ったりしてただろ?だから、俺ん家が古くからドラゴン使いやってる家だってのも知ってるだろ。で、だ。なんと我が家には、先祖代々受け継がれてきた、由緒正しいドラゴンが居たんだよ!で、それがとうとう長い眠りから覚め、解放されたんだよ!ほれ、なんかワクワクしてきただろ!?」
「………っていう、夢を見たのね?」
「ちがわい!ああ、もう!」
俺はまったく信じようとしないアリサに我慢できなくなり、その手を取る。
「ほら、いいから来いって!ちょっと来てくれってば!」
「ちょっ、ちょっと!ああもう、分かったわよ、引っ張らないでってば!」

そこは竜舎と呼ばれる学園の一角。
今まではドラゴン使いの成り手がいなかったため、ずっと放置されてきた場所だ。
その竜舎の中。俺の隣で、アリサが思わず息を飲んだ。

「い、いたんだ………。ほんとに………。しかも、随分と大きいわね………」

竜舎の中。
そこには、家から連れてきたジハードが眠っていた。
あれだけ長い間眠っていたのに、ウチの子は本当によく眠る。
眠るジハードの頭にそっと手を置くと、眠ったまま、ジハードの尻尾がゆらゆら揺れた。
「ふふふふ、どうだ、このフォルム。美しいだろ?魔獣使いのアリサなら、ちょっと分かってくれるんじゃあないか?」
俺は宝物を見せびらかせる子供のように、アリサに自慢げに笑いかけた。

ええ、正直ずっと誰かに自慢したかったんです。

「ふうん………。確かに、随分と綺麗な子ね。ブラックドラゴンなんて初めて見たけど、これは確かに惹きつけられるものがあるわね」
「だろ、だろ?」
調子に乗った俺に、アリサが一言つぶやいた。
「で、あんた、この子と契約はできてるの?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「なぁ、あいつ、どうしたんだ?」
机に突っ伏してる俺のそばで誰かの声。
「ああ、ほっときなさい。舞い上がって浮かれてた所を現実に戻してあげただけだから」
………くそう、血も涙もない女め。
登校してきてわずか10分で、人のテンションを最低にまで下げやがった。
ドラゴンとドラゴン使いは、契約を交わしてこそ初めてその力が使えるようになる。
ドラゴンを手に入れるのも重要だが、むしろこれからが大変なのだ。
でも、今の所ジハードは背中にだって乗せてくれたわけだし、俺の事を嫌っているわけではない………、はず。
うん、エサだってあげてるんだし今朝もワックスでピカピカに磨いてやる時なんか、気持ちよさそうに尻尾振ってたし。
契約こそはまだだが、多少は言う事聞いてくれるだろう。そう、思いたい。
今日は、昼休みの後は戦闘訓練の授業があるはず。
今までは一般人扱いだった俺だが、今日はクラスの連中を見返してやるぜ!

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

誰かが叫んだ。

「ラ、ラスボスだー!!」

途端にパニック状態になる演習場。
皆が、悲鳴を上げて我先にと逃げ惑っていた。
ラスボスとはつまり………。
「おおおおお、おいギース!お前、なんだよそれなんなんだよそれ!ドラゴン連れてくるなんて反則だろ!どうすんだそんなの!俺なんかスカウト志望だぞ、ダガー一つでそんなバカでかいドラゴンに立ち向かえってのか!」
クラスの、確かジョイスとか言ったスカウト志望の生徒が抗議してくる。
今日の戦闘訓練の授業は、ペアを組んでの模擬戦闘。
俺は普段、限りなく一般人に近かった為、罠を外したり、辺りの様子を探ったりといった、戦闘よりも探索作業が得意な職業、スカウト志望のジョイスと組まされていた。
「いや、ドラゴン使いがドラゴン連れて、反則も何もないだろ。ですよね先生」
「えっ!」
話を振られた担任教師が、びっくりしたような声を上げる。
というかこの担任の女教師は、なぜアリサの後ろに隠れているんだ。
「そそ、そうね!魔獣使いのアリサさんには魔獣の使用は許可しているわけですし、ギース君だけ例外ってわけにもいきませんしね。で、でも、ちゃんと手加減させること!いいですか?授業中に生徒が死んだりしたら、先生の責任になっちゃうんだからね!?ギース君、私の担当してる授業の間は、死者は出さない様にしてくださいね!」
さらりと問題発言をする担任。
他の教師が担当する授業なら生徒が死んでもいいってのか。
「ちょっ、待ってくれ、待ってくれよ!俺、スカウトだよ!?戦闘よりも、罠の感知とかそういった裏方職だよ!?おい、戦士志望の連中代わってくれよ!戦士にとってドラゴンと戦えるなんて名誉な事じゃないのか!?」
ジョイスが半泣きで周りに助けを求めるが、クラスの誰もがそっと目を逸らした。
「諦めろジョイス。思えば、俺が入学して以来ずっとお前との戦いばかりだったが、いよいよ俺達の永い戦いに終止符を打つときが来たようだ………」
「なに永遠のライバルみたいな言い方してんだよ、いつも俺が勝ってたじゃねーか!後、俺はジョイスじゃねえ!ライバルっぽく言っといて、名前すらうろ覚えじゃねーか!」
大声で叫ぶジョイスの肩を、アリサがポンと叩く。
「しょうがないわね、ジョイス。なんなら私が代わってあげるけど?」
「ちょっ、アリサまで!ジョイスじゃねえって!っっ、くそっ!アリサが強いのは知ってるが、流石に女子にドラゴンの相手押し付けて逃げるほど俺はクズじゃねぇ!いいぜ、ギース、かかってこいよ!」
開き直ったジョイスが、ダガーを逆手に持ち替え、構えを見せた。
「そう。じゃあ、ひとつ良いことを教えてあげる。あいつはまだ、ドラゴンと契約を交わせていないわよ。だから、まだ素直には命令を聞いてくれないかもね?」
そう言って、アリサがジョイスに微笑みかける。
ジョイスはちょっとだけ顔を赤くして、改めてこちらに向き直った。
「おい、ずるいぞアリサ!俺の個人情報を勝手に人に教えるのはずるい!」
俺の抗議に、アリサが小さくふふっと笑う。
「じゃあ、ちゃんとドラゴンを操ってみなさいな。それができたなら、次はジョイスの代わりに私が相手をしてあげる。そうしたら、もう一般人なんて呼ばずにちゃんと名前で呼んであげるわよ?」
くそう、端から相手にされていない感じだ。
「ちくしょう、だから俺はジョイスじゃねーって言ってるのに!でもありがてえ、良いこと聞いたぜ。いくぜギース!そのドラゴンが動き出す前に、いつもみたく2秒で降参させてやるよ!」
ジョイスが叫び、俺に向かって駆け出した。
さすがスカウト志望なだけはあり、クラスでも群を抜いて足が速い!
「頼むぞジハードー!お前の力を見せてやれ!」
先程から、俺の後ろでのんびりと伏せているジハードに、俺は初めて命令を下した。
大丈夫、あれだけ世話してあげたんだ、俺をご主人様だという認識くらいは持ってるはず!
そして命令を受けたジハードは………!

俺の後ろ髪に首を近づけ、クンクンと匂いを嗅いでいた。

「ジハードー!」
「よっしゃ、もらったぜ!ギース、今度こそ覚えとけ!俺の名前は………」
ジョイスが俺に肉薄し、何かを言いかけたその時だった。
ジハードがのそりと起き上がる。
「なっ!」
「よし、ジハード!ぶっとばしてしまえっ!」
ジハードはそのままくるりと後ろを向くと、その巨大な尻尾をしならせて………

俺とジョイスを、空高くへと舞い上げた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「頼むよジハードー………。なあ、俺の事嫌いってわけじゃないんだろう?そうだよな?」
帰り道。
俺はジハードの首に繋がれた鎖を引きながら愚痴っていた。
素直に後を付いてくるジハードは、俺の歩く速度に合わせてくれているのか、俺を追い越さないようにゆっくりと歩いてくれる。
「………授業中はてんで言う事聞かないのに、こういうところはちゃんとしてくれるんだなぁ………」
立ち止まり、ジハードを眺める俺に、頭を近づけ、悪びれもせずにその赤い瞳で俺の顔を覗き込む。
手を伸ばして顎の下を撫でてやると、目を細め、まるで猫の様に、もっと撫でてとばかりに首を伸ばしてきた。
「その行動はずるいぞ、怒れなくなるじゃないか。………しょうがないなあ、俺の実力不足だもんな」
一つため息をつき、そのままジハードを連れて歩いていると、家の前で誰かが騒いでいるのに気が付いた。
正確には、俺の家のお隣さん家だ。
騒いでいるのは………
「………何やってんだお前は」
お隣さんが玄関先で飼っている犬とにらみ合い、威嚇しあっているラミネスだった。
けたたましく吠えるお隣さん家の犬と向かい合い、ラミネスは四つん這いの態勢で低いうなり声を響かせていた。
「ぐるるるる………。………あっ、先輩!お帰りなさい!」
俺に気付いたラミネスが立ち上がり、なおも吠え続ける犬にひと声叫ぶ。
「キシャー!」
お隣さん家の犬は一瞬怯むも、またすぐにラミネスに向かって吠えだした。
「むむむ………、犬のくせに、ドラゴンの咆哮を受けても引かないとは生意気な!私も竜族のはしくれ。犬ころに舐められるわけにはいきません!」
そう宣言し、犬に向かって拳を構え、身構えるラミネス。
俺はそのラミネスの後ろ頭をひっぱたいた。
「だから、何やってんだお前は」
「いたっ!先輩、邪魔しないでください!歩いていた私に、先に威嚇してきたのはあいつですよ!ハーフとはいえ、ドラゴンの血を引く者として、奴の挑戦を受けたまでです。あいつを泣かせてやらないと、竜族の誇りってものが………!」
何と戦ってるんだろうこの子は。
そこに、俺の後ろからスッと巨大な影が射す。
お隣さん家の犬は、俺の後ろに付いてきていたジハードを一目見ると、鳴き声をあげて一目散に犬小屋へと逃げ帰った。
「………ジハードを一目見ただけで退散したぞ。これで竜族の誇りとやらは守られたな」
「ううー………」
犬小屋に逃げ込んでプルプルしている犬を、首を伸ばして興味深そうにクンクンしているジハードを見て、ラミネスが悔しげに唇をかんでいた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「先輩、聞きましたよ!学園での事!」

ジハードを裏山の洞窟に連れて行き、エサをやっていると、ラミネスが嬉々として言ってきた。
「………どんな事を?」
まあ、大体予想はついてるが。
ラミネスが腕を組み、勝ち誇った様にふふんと笑う。
「先輩の家のジハードさんは、ちっともいう事聞かなかったそうですね!戦闘訓練でも、対戦相手を先輩ごと跳ね飛ばしたとか。ご飯までもらっといて何もしないなんて、先輩の家のお隣の、ころまるさんでも家の番くらいはしてましたよ」
ぐ………。ウチのジハードだって、そのうちちゃんという事聞いてくれる様に………って、
「あれ、お隣の犬ってころまるって言うのか。初めて知った」
ラミネスが、腕を組んだままコクンと首をかしげた。
「さあ?とりあえず彼とは決着がついていないので、便宜上名前を付けてみただけです。ライバルに名前がないってのも不便ですしね」
ライバルって、それでいいのか。
「まぁ奴とはいずれ決着を付けるとして。先輩、やっぱりこんなわがままな子は放り出して、私にしときませんか?先輩が今あげてるのって、高級ドラゴンフードでしょう?そんな金のかかる女より、私の方が絶対いいですって!私なら、三食塩ご飯で十分です!………あ、晩御飯だけ、ちょっとタンパク質もあると嬉しいなとは思いますが………。基本贅沢は言いませんよ?」
「お前は普段どんな食生活を………。いや、それより今気になることを言ったな。金のかかる………『女』?ウチのジハードはメスなのか?」
話題の主のジハードは、俺達二人の事など気にもせずにエサをパクついている。
ご飯がおいしいのか、パタパタと尻尾を振る姿が愛らしい。
「知らなかったんですか?女の子ですよ、ジハードさんは。ほら、今も露骨に先輩に尻尾振って可愛さアピールしてるじゃないですか、いやらしい」
単にご飯もらって喜んでるだけにしか見えないんだが。
しかし………
「女の子だったのか………」
俺の何気ない呟きに、ラミネスがぴくりと反応する。
「あっ、なんですかその反応?余計なこと言わなきゃよかったかな?………それで先輩。どうですか?ブラックドラゴンなんて、プライド高いしわがままだし、ご飯一つにしてもより好みする贅沢な種族ですよ。私なら、ご飯に文句言いませんし何でも食べます。散歩だって、基本は一人で行けますよ。たまに休みの日に公園とかに連れてってもらって遊んでくれれば十分です」
「………お前、一応聞くが犬じゃなくてドラゴン………なんだよな?」
「なんで最後が疑問形なんですか!ドラゴンですよ!ハーフですけど!散歩と遊びは飼い主の義務ですよ!」
「そ、そうか………。ま、お前には悪いが、このままもうちょっと頑張ってみるよ。ジハードが言う事聞いてくれないってのも、俺の実力不足で契約ができないからだしな。………ていうか聞きたかったんだが、なんでそんなに俺にこだわるんだ?そりゃ、学園内にドラゴン使いは俺一人しかいないかもしれんが、卒業まで待てばドラゴン使いの一人や二人は流石に見つかるだろうに。それにお前の実力なら、無理にドラゴン使いに飼われなくても十分いい成績も残せるだろうし、やっていけると思うんだが」
「う………?」
ラミネスが、途端に所在なさげに落ち着きを無くす。
「まぁ………、私も最初先輩に会うまでは、早いうちからドラゴン使いのパートナーができれば学園でも好成績で卒業できるし、何かといいなーぐらいの感じだったんですけど………。その、なんていうか………。先輩は、いい匂いがするんですよ」
「匂い?」
自分の服の袖を嗅いでみる。風呂は毎日入ってるんだが。
ラミネスが、恥ずかしいのか顔をちょっと赤らめ、目を逸らして言い訳してくる。
「その………、落ち着く匂いっていうか、安心する匂いっていうか………。多分、ドラゴン族の好きな匂いだと思うんですよ。ジハードさんも、よく先輩の匂いを嗅いだりしませんか?」
「ああ、そういえば思い当たる節が」
言われてみれば、何かとクンクンされる様な気がする。
でもジハードに限って言えば、興味のある物は大概クンクンしているような。
さっきも、お隣さん家の犬の匂い嗅いでなかったか。
ラミネスが、俺に笑いかける。

「優秀なドラゴン使いの条件の一つに、ドラゴンに好かれやすいってのがあります。先輩はその点で言えば、優秀なドラゴン使いだと思いますよ?」

11 件のコメント:

  1. 佐藤ジョイス君でいいですか?

    返信削除
  2. 佐藤ジョイスだな

    返信削除
  3. 佐藤ジョイスですね

    返信削除
  4. ジョイス和真ですか?

    返信削除
  5. もし書籍化したら買うレベル

    返信削除
  6. うろ覚えってことは所々あってるんだね佐藤ジョイス君

    返信削除
  7. さとうじょいす

    返信削除
  8. 佐藤ジョイスだよね

    返信削除
  9. うん佐藤ジョイス

    返信削除
  10. 佐藤ジョイス

    返信削除
  11. 佐藤ジョイス

    返信削除